インタビュー

埼玉3区選出 衆議院議員黄川田仁志さん

国連出向がきっかけで

政治の道を志す

野間口 ご就職も海洋関係ですね。

黄川田 海洋環境問題を仕事にしようと思っていて、東京理科大学を卒業後、アメリカのメリーランド大学大学院に4年間留学、帰国して大阪大学の大学院でも勉強して、それから海洋環境のコンサルティング会社に就職しました。開発整備や建設事業などが環境にどのような影響を与えるか評価する、環境アセスメントなどの仕事をしていました。

国連環境計画の仕事もしました。日本、中国、韓国、ロシアと4ヵ国共同で日本海の環境を守ろうというプロジェクトに主任研究員として参加しました。この時の国際会議、諸外国との交渉の経験が、政治家を目指すきっかけにもなっています。

当時感じていたのは、日本は縦割り行政で、やるべきことをやらないんですね。このままでは日本はダメになる、誰かこの状況を正さないといけないと思いました。誰かがやってくれるのを待つのではなく、この状況を目の当たりにしている自分がやるべきだろうと一念発起しました。政治で変えなければならないと思ったんですね。

だけど、私の父はサラリーマンで、私に地盤、看板、カバンがあるわけではありません。どうしたらよいか考えていたところ、無名の若者を政治家に育成する松下政経塾の存在を思い出し、その門を叩きました。35歳の時でした。

野間口 松下政経塾は大変、狭き門ではないんですか?

黄川田 そうですね、私の時が300名程度受けて合格したのが7名でした。面接試験が何回もありました。面白かったのは、一泊二日の泊りこみ試験でしたね。人間性を見るために、朝から晩まで付きっきりで、朝の挨拶の仕方や夕飯の食べ方まで観察されるんです。野間口 松下政経塾出身の政治家はたくさんいますが、どのようなカリキュラムなんですか?

黄川田 まず全寮制で、起床が朝6時、ラジオ体操をやって、掃除、ランニングから始まって、1年の3分の1くらいが講座形式の座学です。3分の1は「道」のつくこと、茶道、書道、剣道などです。四書五経など中国の古典を勉強する時間もあります。残りの3分の1は現場実習です。

一次産業の農林水産畜産業、二次産業の製造業、三次産業の販売など現地現場で学びました。下草刈りや伐採など林業を経験したり、牧場に泊まって牛の放牧を手伝ったりしました。田植えなど農作業の実習もあります。

2次産業ではパナソニックの北京の工場に行って、中国の内陸部から出稼ぎに来ている農民工たちに混ざってブラウン管の製造ラインに並んで組み立ての仕事をしました。それも1ヵ月ぐらいです。

3次産業では、町のパソナソニックのショップに派遣されて、販売の仕事をしたり、エアコンの取り付け工事を手伝ったりしました。私が実習にいった時はちょうどクリスマスシーズンでサンタの格好をして、クリスマス商戦を戦いました。

松下政経塾というと、選挙に受かるテクニックを教えていると誤解している人がいますが、そういうことは一切やりません。まず人物をつくる。そこを徹底して鍛えようとします。ですから、卒業しても政治の道があるわけではないのです。私も4年間勉強した後、普通に再就職しました。海洋政策研究財団という財団に就職しました。その後、自民党埼玉県連の公募に応募して、衆議院埼玉県第3選挙区(草加市・越谷市)から立候補しました。

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