インタビュー

草加市在住の狂言師 吉田信海(よしだ しんかい)さん

今も通用する650年前の笑いのツボ

野間口 狂言の魅力は、どういうところでしょうか?

吉田 ライブ感というか、反応がストレートなところは一番の魅力ですね。目の前でお客様が喜んでくれるのは本当にうれしい。それから、650年ほど前にできた芸能なのに、笑いのツボが現代でも通用するところも大きな魅力です。

学校に公演に行くこともあるのですが、鑑賞する前は先生方も生徒たちも何となく敬遠している感じがします。そんなに古い劇を見ても分かるはずがないといった感じです。だけど、実際一曲終わると、こんなに面白いとは思わなかった。笑ったという感想に変わります。それぐらい、現代でも通用する伝統芸能なんです。

野間口 そもそも狂言とはどういうものか、簡単に教えて頂けますか?

吉田 ひと言で言えば、日本で一番古い芝居、喜劇ということになります。もともとは、猿楽(さるがく)と呼ばれる歌や踊り、物まねなど雑多な芸から始まり、「狂言」という言葉が初めて登場するのは、今から650年ほど前室町時代になってのことです。

狂言には大藏(おおくら)流、和泉(いずみ)流、鷺(さぎ)流と元々3つの流派があって、鷺流は明治になって衰退し途絶えてしまい、現在残るのは2つの流派だけです。

私の所属する大藏流が一番歴史があり、伝わるところによると比叡山の僧が仏教の教えを面白おかしく民衆に伝えるように演劇に仕立てたのが始まりとされています。それが14世紀のことだそうです。その流れをくんでいる大藏流は元々、今の奈良県が発祥の地です。

能と狂言、二つ合わせて能楽と呼ばれます。

能楽の舞台には、どの舞台でも松が描かれていますが、これは舞台背景ではなくて、春日大社の一の鳥居をくぐった南側にあった影向の松(ようごうのまつ)を再現したものです。春日大社は芸能の神様でもあり、影向の松の前に芝生の舞台があって、ここに神様が降りたって舞ったのが日本の芸能の起源だとされています。芝舞台の上に居るということで「芝居」という言葉もここから来たそうです。

狂言が栄えて現代まで続いているのは、武士階級の人に愛されて保護されというのも大きな理由です。大藏流の11世大藏彌右衛門(やえもん)は織田信長に可愛がられて「虎政」という名前をもらっています。それ以来、宗家の屋号には虎の字が入るようになりました。今の宗家の屋号は虎久(とらひさ)です。

戦国時代の武将は、自分たちも狂言を演じていて、豊臣秀吉、徳川家康、前田利家たちが朝鮮出兵の前に狂言を演じて兵の士気をたかめたという記録も残っています。

 

▽宗家、千太郎と一緒の舞台禰宜山伏(一番下が吉田さん)禰宜山伏1
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